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『ロデオ☆ボーイ』(ルーク×ヒカリ)

ライドオン牛!


『ロデオ☆ボーイ』


ヒカリの移動手段といえば、最近はもっぱら牛である。
どこへ行くにも艶やかな黒い毛の牛にまたがり、土地中を元気に駆け回っている。

(おれも牛、乗ってみてぇなぁー)

最近はロデオのようなポージングに、白いさわやかなテンガロンハットを被っている。
ルークの目からみれば、牛を乗り回しているヒカリは格好いいことこの上ない。
なにより、ヒカリはとても楽しそうに牛に乗っているものだから、その姿を見るだけでルークは幸せな気分になった。

今日も今日とてその格好で、ガルモーニ高山地区へとやってきたヒカリ。
華麗に牛から飛び降りて、斧を振り回す手を止めたルークに近づいていく。

「ルーク、修行お疲れ様!これ、バナナジュース。どうぞ?」

いつものように小首を傾げ、癒しの笑顔と労いの言葉を言い、ルークにそれを手渡す。

「おぅ、サンキュな!ヒカリ!」

「どういたしまして!それじゃあ、お仕事がんばってね。」

そんなルークにとっての大切な時間は、一日にこの一瞬ともいえる時間のみだ。
すぐに牛に飛び乗ろうとするヒカリに、ルークは焦って声をかけた。

「お、おいヒカリ!待ってくれ!」

「へ?なぁに?」

ヒカリは牛に乗ろうと勢いをつけた体制のまま、ルークの方に顔だけ向ける。
しかしルークはつい勢いで声をかけてしまったので、しばらく何も言えずにどもってしまう。

「え、えーと…あの、さ。今、ちょっと時間あるか?」

きっとこの後もやることがたくさんあるに違いないのに。と申し訳なく思いながらも一応聞いてみる。
どこかもじもじしているルークを見て、ヒカリはくすりと笑って再びルークに向き直った。

「うん、大丈夫だよ?なぁに?」

それを聞いたルークはぱぁぁと顔を輝かせ、「それじゃあさ」と言って牛にズビッと人差し指を向ける。

「おれ、そいつに乗ってみたいんだ!!ヒカリみたいにカッコよく乗ってみたいんだけど、ダメか!?」

ヒカリは一瞬きょとんとして、傍らにいる牛の頭を優しくなで、「この子に?」とルークに聞き返すと、ルークは瞳を輝かせて勢いよく顔を縦にふる。

そんなルークの表情を見て、ヒカリはふふっと微笑んだ。

「いいよ。」

「おぉ!マジか!!」

思い切って頼んで頼んでよかったとルークは内心叫びだしそうになるのを押さえて喜んだ。
これでいつもよりヒカリと長くいられるし、おまけに牛にものれるのだ。

「ただし!ひとつ条件があります。」

ヒカリは教師然とした風に言ったが、思うようにそれは上手くいっていないようである。
が、単純バカなルークは思わずピシッと背筋を伸ばし、真剣な眼差しをヒカリに向けた。

「この子は仲良くなった人しか背中に乗せてくれないのです。なので…」

ルークはつばをゴクリと飲み込んで、緊張した面持ちをつくったが、対してヒカリは表情を和らげた。

「私と一緒に乗ることになるけど、それでもいい?」

「…へ?…一緒にって……?」

つまり…

「…ヒカリと?」

「そう、私と。いや?」

ルークは面食らったように呆然としていたが、すぐにブンブンと思い切り首を横に振る。

「全然!嫌なんかじゃないぜ!!むしろ嬉しいくらいだ!!頼むぜ、ヒカリ!」

飛び跳ねて喜ぶルークを見てヒカリも嬉しそうに笑いながら、周囲を見渡す。

「でも、ここじゃちょっと危ないから、そうだなぁ…6時頃、家の前で待ち合わせでもいい?」

「もちろんいいぜ!6時な!じゃああとで行くな!」

「うん!楽しみにしててね。」

ヒカリは来たときと同じように牛の背に華麗にまたがり、すぐにルークの視界から消えた。

あとでヒカリとふたりっきりで、一緒にロデオ…

俄然やる気のでたルークは、その後テンション高く勢い任せに斧を振り回し続けた。



「おまたせルーク!」

「ヒカリ!」

夕陽が空をオレンジに染め上げるころ。
さきに牧場に着いていたルークのもとに、ヒカリが見慣れない茶色のテンガロンハットを手にやってきた。
そしてそれを「はいっ」とルークに手渡す。

「なんだ、これ?」

「やっぱりロデオをするなら、テンガロンハットをかぶったほうが雰囲気でるかなって思って、カルバンに頼んで借りてきたの!」

まだはてなを浮かべて、持たされたテンガロンハットを眺めるルーク。
ヒカリはその手からテンガロンハットをとり、「えいっ」とルークの頭にかぶせてやる。

「おわっ!?」

「ふふっ、おそろい!」

いきなり真っ暗になったルークの視界。勢いよく目深にかぶせられたテンガロンハットに戸惑いながらもかぶりなおすと、目の前には自分と同じテンガロンハットを被って微笑んでいるヒカリの顔。
ルークはそれを見て、少し照れくさそうに頬をかいた。

「だなっ。」

「じゃあ乗ろっか!よいしょっ……と!はい、ルーク!」

ヒカリは先に牛にまたがり、ルークに手を伸ばす。
ルークはワクワクとしながらその手につかまり、ヒカリの後ろに腰を下ろす。

「おぉ!やっぱ景色が少し違ってみえるな!」

はじめて乗る牛の乗り心地は最高とはいえないものだったが、それよりも牛に乗っているというだけでルークの心は弾んだ。
興奮気味に周りをきょろきょろ見回して、ヒカリに笑顔を向ける。

「でしょ。じゃあ今から走るけど、ちゃんと私の腰につかまっててね?」

「こっ、腰!?」

てっきり肩につかまるもんだと思っていたルークは、驚いて声を荒げた。
しかしヒカリは「どうしたの?」と当然のごとくそれを待っている。
ルークは緊張しながらも仕方なく、とてもぎこちなげな手つきでやっとヒカリの腰にそっと手をあてる。

「ルーク、しっかりつかまらないと落ちちゃうってば。もっと強く。」

「お、おぅ…」

「ぐっとね!」と言われ、さらにルークはしどろもどろしながら、心持ち先ほどより強くヒカリの腰につかまる。
ルークの手は腰というより脇腹に位置しているのだが、持ち直すのも悪い気がしたルークはそのまま力をこめる。
力を少しいれただけで、ヒカリの脇腹に食い込む指。

ヒカリって、意外とぷにぷにだな…

その感触に、ルークは自分の顔が熱くなるを感じた。
着やせするタイプなのだろう。ルークからみたら細めの女性にみえていたのだが、予想外に適度に肉はついているようで。
つかまる手を無闇に動かせずに、力の調節が出来ないまま固まってしまう。

「いっくよー!…って、わっ!!」

ルークがちゃんとつかめていなかったために軽くバランスを崩し、少し走りだしたところでヒカリはすぐに牛をとめた。

「うーん…そのつかまり方じゃ、ちょっとまだあぶないみたいだから…そうだ!手まわしちゃっていいよ。」

ヒカリは手を回しやすいように両手をちょいとあげて、ルークの手を待つ。
が、一向にヒカリの腹に手を回してこないルーク。

「どうしたの?」

ヒカリがちょいとルークを振り返ると、ルークは手を変な位置で止めたまま固まっていた。
そんな状態のルークを特に気にもとめず、ヒカリは催促する。

「ほらほら!早くしないと暗くてまわり見えなくなっちゃう!」

そう言ってヒカリはルークの両手を後ろ手に持ち、ぐいっと自らの腰にまわした。
心の準備も何もできていないルークは、引かれた腕の勢いのままにヒカリにピタリとくっついてしまった。
顎がヒカリの肩に乗っかり、やわらかなうなじが頬をくすぐる。
隙間なく密着する体。

「う、うわっ…」

ルークは焦ってヒカリとの間に少し距離をとる。
それでもさっきよりも感じるヒカリの熱。体の柔らかさや、ほのかに香るヒカリの匂い。
ルークはさらに真っ赤になり、動悸も体温も上昇するのを感じた。

(心臓の音、聞こえちまうかも…)

「じゃあ行くからねーっ!しっかりつかまっててよ!」

ルークがそんな状態であることは毛ほども知らず、ヒカリは元気な掛け声とともに牛を走らせた。
進路は牧場から牛を走らせ、カバル草原の方へ。
橋を渡るころにはルークも多少落ち着いて、牛に乗っているのを楽しむことができるようになってきた。
大水車から零れ落ちる水も、普段見るより綺麗に見えて感嘆の声を漏らしたり、片手をヒカリから離して牛の背をぽんぽんと触ってみたり。

「牛は意外と早くないもんだな!」

そよ風に吹かれるようになびく、ルークとヒカリの髪の毛。
牛は実際たいして早くはなく、ゆるく風をきって走る。
ヒカリはルークの正直な感想に楽しそうに笑う。

「でも乗り心地はいいし、なんか楽しいな!」

「よかった!さっきからルーク喋らなかったから、つまらないのかと思ったよ。」

「うっ、それは、だな…ちょっと緊張してたんだ。」

「そっかぁ。牛に乗るの初めてだもんね。」

「そ、そうじゃなくて…いや、なんでもねぇ!それよりヒカリ、あっちのほう行ってみようぜ!」

「うん、いいよ!」


夕陽はとっぷりと夜に暮れあげ、空には星が見え始めたころ二人は牧場に帰ってきた。
ルークは先によっと牛から下りて、笑顔でヒカリを見上げる。

「ありがとな!すっげぇ楽しかったぜ!牛!」

「どういたしまして。私の方こそ楽しかったよ!」

そういってヒカリが牛から降りようとしたところで、ルークは手をさしだした。
ヒカリは「ありがとう」とその手を掴んで降りたが、そうやって降りるのになれていないせいか、バランスを崩してルークの胸にぶちあたる。
いつもならなんてことないが、今のルークは昼間に斧を振りすぎたせいで腕が疲れて支えきれない。
ルークも一緒にバランスを崩しそうになったが、そこはヒカリを意地でも支えるという精神でなんとか倒れずにはすんだ。が……

「ふぅ…なんとか倒れずにすんだな!ヒカリ!」

返事がないヒカリを見ようとするが、視線を下にさげてみると、そこにはルークの胸に顔を押し付けられたヒカリ。
ヒカリの耳だけがルークから見えるが、その耳は暗くてもわかるほど真っ赤になっていた。

「あ…」

そこでルークはやっと、今自分がしている状態に気付いた。

おれ、今………

ルークは今、ヒカリを身動きが出来ないくらい抱きしめている。

「………!」

ルークは緊張して、抱きしめたまま動けない。
牧場ではせせらぐ小川の音、草花を揺らす風の音以外にはなく、とても静かで。
それに対して、ルークの心臓が夜の静けさに響くかと思われるほど、ドクンドクンと大きく脈打つ。

「おやおや。お二人さん、いいところを悪いけど、俺がいるんだからちょっと遠慮してもらいたいね。」

しかしそれも束の間、いつのまにか2人のそばにカルバンがやってきていた。
ルークははっと我に返り、慌ててヒカリを開放したが、

「ごっ、ごめんなヒカリ!!大丈夫か!?」

「う、うん、平気だよ。」

2人とも恥ずかしそうにからだをもじもじとさせているのを、カルバンは笑顔ながらどこか面白くなさそうに見ている。

「さぁ、もうカウボーイごっこは終わったんだろ?帽子を返してもらいにきたんだ。」

そういってルークのかぶっていた自分のテンガロンハットをとり、自分の頭にかぶり直す。
そして意味ありげな笑みをヒカリに向ける。

「さぁ、それじゃあ約束のお礼を貰おうかな、ヒカリ。」

「お礼?」

ルークが不思議そうに首をかしげてヒカリを見ると、ヒカリはちょっと驚いた顔をして、苦笑していた。

「あれって冗談じゃなかったの?」

「冗談なもんか。ほら、早く。」

カルバンはヒカリに自分の頬を向け、少し体制を低くする。

「他のものじゃ、だめ?」

「だめだめ。…約束だろう?」

戸惑いながらもヒカリは自分の顔をその頬へ近づけ、軽く「チュッ」と音を立ててカルバンの頬へキスをした。

「なぁぁ!!!なにしてんだヒカリ!!」

その行動をみたルークは顔を青くして、大袈裟すぎるほど大袈裟にのけぞって驚く。

「なにってお礼だよ。そうだろ、ヒカリ?」

カルバンはそんなルークを見て愉快げに笑い、ヒカリはもうどうしていいのかわからず気まずそうに笑っている。

「さぁ、気も済んだし、ぼくはもう帰ろうかな。じゃあねヒカリ。今度ぼくともどこかに行こう。」

と、今度は自分からヒカリの手の甲へキスをおくり牧場をあとにする。
それをみたルークは肩を落とし、ため息をつく。
ヒカリもこの空気をどうすることもできずにルークの様子を不安げにうかがうことしか出来ない。

ルークにはどうやったって、カルバンのような大胆な行動なんてとれない。
それが自分でわかっていて、どうしようもなく落ち込んでしまう。

「……おれ、もう帰るな。」

最後に大きなため息をひとつ吐いて、ヒカリに背を向けてとぼとぼと牧場から去っていく途中、

「ルーク!今日楽しかったよ!また牛に乗りたくなったら来てね!」

ヒカリは大きな声でルークに呼びかけた。
ルークが驚いて振り返ると、ヒカリは走ってルークに近づいて「約束だよ?」と、半ば無理やり自分とルークの小指を絡めて指きりをする。

「じゃあね!」

そう言ってヒカリは照れくさそうに小首を傾げて微笑み、自宅のほうへ走っていった。
ルークは指きりをした格好のままポカンとしていたが、ヒカリが走っていってしまうのをみて焦って叫んだ。

「ヒカリ!!また明日な!!!」

その声にヒカリは振り返り、大きく手を振りながら闇の中へと消えていく。

誰もそばにいなくなった夜の中。しかし、指切りのポーズをしたままの小指に、確かに残るヒカリのぬくもり。

「約束、な。」と誰にともなくルークは呟き、微笑んだ。

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