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『さようなら春の月<朝>』カバル草原+ヒカリ

カバル草原組(ジュリ・チハヤ・アニス・リーナ)+ヒカリ

ほのぼの

誰も新たな始まりが来ないことを知っているからできる押し合いへしあいもあったりする。そんな朝のお話。

『さようなら春の月<朝>』


布団のぬくもりが手放しがたかった。
部屋に忍び込んだわずかな外気が、肌をひんやりと擦っていく。
木曜日。ジュリは布団から顔を出してカレンダーを確認してから、再び枕に顔を埋めた。
数秒のち、そういえば明日から暦上夏であることを思い出し、布団を遠ざけるように腕に力を入れて重い体を押し上げる。
毛布を体に包めて湯を沸かし、窓の外をみると、転々と雲は残っていたが綺麗な青色の空が広がっていて、遠くから鶏の声が聞こえた。

「朝早くから、ヒカリも大変よネ…」

あふ、と暢気にあくびをして、沸いた湯の湯気に手をあて、ヒカリのことや新しいアクセサリーのこと衣替えのこと…
思考をあっちへこっちへと駆け巡らせながら紅茶を入れ、洋服棚へと手をかけた。



鶏の鳴く声が遠くの空から聞こえた。
チハヤがドアを開くと、部屋の中に入ってくる空気が湿っていた。空は良く晴れているし、昨日までの雨で土がたっぷりと水を含んでいるせいだろう。
冬ほどではないが肌寒い。春にしては、今年の春は気温が低かった。
家の前に群生している野生のハーブに手をかけると、葉に付いた朝露が手をひんやりと濡らす。
その内のひとつを摘みあげる、良いハーブだ。更に少し探ってみると、夏に咲くハーブの新芽が小さく出ているのを見つけた。
もう一度空に鶏の鳴き声が小さく響いた。今日は晴れているし、ヒカリは仕事が終わったらすぐにこっちにくるだろう。
このハーブを煮出して、うちにくる頃には冷えている体を温めてあげよう。
ついでに、朝食も出して、家で時間でも潰させてやろう。

そうと決まれば、と、チハヤは摘んだハーブを手に立ち上がり、家の中へ入っていった。



「ヒカリ~」

仕事も一段落し、カバル草原の大水車を眺めてぼーっとしていたヒカリは、声で誰か判断する前に、反射的に振り返った。
あ、ジュリ…と、小走りに近づいてくる紫色の影を見て呟き、首を傾げた。

「今日仕事は?」

「モウ!朝の第一声がそれ?オ・ハ・ヨ・ウでしょ。」

「あ、おはよう。」

ニコリと素直に微笑むヒカリに、ジュリは満足そうに頷いて隣に並んだ。

「…ところで、今日は木曜ヨ。」

「もくよう…あ、そっか。ガルモーニ地区は今日お休みかぁ。」

返答に力が感じられず、ヒカリの顔を覗き見る。
ヒカリの瞳には滝のように激しくしぶきを飛ばしながら回転する水車が映っていた。

「どうしたの?なんだかボーっとしちゃってるワネ?」

「うん。水車、すごいなぁって思って。」

ジュリはヒカリの瞳の中で回る水車をじっと見つめて、「水車…」とヒカリの言葉を反復する。
瞳の中で水が弾け、太陽の光をうけてキラキラと光っている。

「うん、水車…って、わ!じゅ、ジュリ近い!なんでこっちみてるの!」

「アナタの瞳に映った水車を見てたのヨ。綺麗だったワ♪」

「も~からかわないでよ~!あっち!」

楽しげに笑うジュリに恥ずかしさを覚えながら、ヒカリは思い切り腕を伸ばして水車を指差す。

「ヒカリってばホントにかわいいんだから♪ハァ~…あら、ホントね。すごい水。最近雨ばっかりだったからネ、きっと。」

「台風、直撃しなくてよかったよね。」

「そうねぇ~…でも雨結構すごかったじゃない?ヒカリのところはダイジョウブだったの?」

「うん、一昨日最後の収穫が終わってたから。今日やっと晴れたから、朝から畑の生え残り刈り取って耕してきて、おわり。…明日は忙しいなぁ。」

「明日から夏だものネ。」

「そう、楽しみ。何植えようかなって…あ、そうだ。種買いに来たの忘れてた。」

「アラ、そうなの?じゃあ、アタシも暇だし…一緒に着いてこうカシラ♪」

「ジュリも?」

「迷惑かしら?」

「ううん、そんなことない。じゃあまた忘れない内に早く行かなきゃ!」



「あはは、クレソンさんはノせるのが上手いな~」

「ヒカリが簡単にノせられすぎなのヨ。」

「ごめんなさいね、お父さん、適当なことばっかり言って、こんなに…」

「ううん、全然平気だよ。それよりアニスさんに運ぶの手伝ってもらう方が申し訳ないよ。」

「いえいえ、このくらい当然ですわ。マリンバ農場の娘として、最後まで責任もってお手伝いします。」

マリンバ農場から出てきたヒカリの手には、リュックに入りきらないほどの種袋が抱えられていた。
それでも持ちきれない種袋を、アニスが抱えて持っている。

「アタシだってこう見えても男ヨ?それくらい持ってあげるワ。」

手伝うと店の中で言ったが聞き入れてもらえず、もう一度二人に手伝いを申し出るが二人とも首を縦に振ろうとしない。

「二人とも頑固なんだから…」

チハヤの家をそのまま通り過ぎようとしたとき、ヒカリがあっと声を上げて立ち止まった。

「チハヤにも挨拶して行かなきゃ。」

じゃないとまたふて腐れそう、と笑ってチハヤの家の前に立ち、両手が空いてないので大声でチハヤの名を呼ぶ。
しばらくすると扉が開き、ため息混じりにチハヤが顔をのぞかせた。

「…ヒカリ、何やってたの。遅いよ、せっかくハーブティー用意して待って…って……なにその荷物。」

「えへへ、いっぱい買いすぎちゃった。持ちきれないからお手伝いさんもいるんだよ。」

「お手伝いさん、って…」

チハヤは、ヒカリの種袋で遮られた視界の向こう側をみるために、おそるおそる扉を徐々に開いていく。
そこに笑顔のアニスと挑戦的な笑みを浮かべたジュリの姿を確認して、チハヤは思わず顔を赤らめた。

「おはようございますチハヤさん。」

「オハヨウ、チハヤ。フーン、いい香りネ~。」

「本当ですね。とてもいい香り…上等のハーブですわね。ヒカリさんとお茶の予定があったんでしょうか?」

「え、や、それは…」

「へぇ~…ヒカリ、チハヤの家でよくお茶するの?」

「うん!チハヤの料理も美味しいけど、入れてくれるお茶も最高に美味しいんだから!」

まるで自分のことのように自慢するヒカリを見て、よけいなことを…と、チハヤはさらに顔を赤くしてうな垂れる。

「チハヤ?どうしたの?」

うな垂れた顔をちょっと上げて、上目がちにヒカリをきっと睨むが、本人は全く気付いてない様子。
なんでもない、と不機嫌に言って、チハヤはプイッと顔を背けてしまう。

「でも、それにしても本当にいい匂い~…あ、そうだ。チハヤちょっと…」

漂ってくるハーブティーの匂いを胸いっぱいに吸い込んでいたかと思うと、ヒカリはチハヤに顔を寄せて何か小さく話しかけた。
なに、とヒカリの言葉を聴くためにすいっと耳をヒカリに寄せるチハヤはとても自然体で。
なによ、さっきまでフキゲンだったくせに、すっかり元通りじゃない…とジュリがぶすっとした顔で見ていることにも、二人はまるで気付かない。

「…だめ?良いと思うんだけど…」

「ふぅん…別にいいよ。」

「ほんと!?やったぁ!じゃあチハヤ、早く早く!」

「あとからすぐにいくから、先歩いてていいよ。どうせその荷物じゃ、そんなに早く歩けないでしょ。」

「そうだね。よし、じゃあ二人とも、ゆっくり歩いてこ!チハヤ、あとでね!」

またあとで、そう言ってチハヤが家の中へ引っ込んでしまうと、ヒカリは嬉しそうな顔で歩き始めた。

「ねぇヒカリ、チハヤとコソコソ何のハナシしてたの?」

「えへへ~、あとでのお楽しみ!」

「そういわれると気になりますわ。」

「秘密!すぐだから!」


そんな話をしているうちに大水車付近まで来てしまい、大水車に近づくにつれてヒカリは頻繁に後ろを振り返るようになった。

「おかしいなぁ…チハヤなにやってるんだろう…」

「? どうしたって言うの?」

「うぅん…チハヤがもう来るはずなんだけど……あ!チハヤ、おーそーいーよー!」

チラチラと振り向いていたヒカリは、家から出てくるチハヤの姿を認めると体をクルリと反転させて叫んだ。
その声に呼ばれるように、チハヤは小走りにこちらへやってくる。

「…はぁ…はぁ…ごめん、ごめん。お茶だけじゃなんだし、って思って。」

チハヤが手に持ったバスケットの中身をヒカリのぞかせると、ヒカリは小さく跳ねて喜び、あたりを見回した。

「あそこ!あそこにしよう!」

自由奔放、といった感じにカバル草原を駆けるヒカリのその後を、3人は歩いてついていく。

「ヒカリってばホントに元気ネ…子供みたい。」

「そうですね。子供みたいに、純粋な方ですよね。」

「後先考えないで行動するところなんかも…って、あぁ…言ってるそばから…」

数日の雨のせいでぬかるんだ土に足をとられ、ヒカリが派手に転ぶと種袋も同様にあたりに散った。

「あぁ!!!た、種!!!!」

泥に擦り付けた顔を上げて、なによりもまず種袋の安否を確認しようとするヒカリ。3人は側に駆け寄り、ヒカリを立たせてやる。

「はぁ…ヒカリは落ち着きが足りないんだよ。服どろどろだし…」

「よっと…あーらら、袋破れちゃって…これじゃあ、もう泥なのか種なのかわかんないワネ…」

「そうですわね…ここから判別して持って帰るのは至難の業ですわ…」

「あう…ごめんなさい。」

申し訳なさそうに頭を下げるヒカリに、アニスはやさしく顔を上げさせる。

「大丈夫です。種より、ヒカリさんに怪我がなくてなによりですわ。種はあるべき土に還っただけですもの。」

アニスがそういうと、落ち込んでいたヒカリの表情が次の瞬間には嬉しそうな顔に変わった。

「そうだよね!私が明日からお水あげにくれば、育つかもしれないよね!」

きょとん、という表情を浮かべていたアニスだが、その顔はすぐに幸せそうな微笑みに変わった。

「ふふ、そうですね。育つかもしれませんね。」

「君ってほんと、単純…」

「…まぁ、そこがヒカリのいいところなんだけどネ。」

ヒカリの髪についたよごれをアニスが落としている横で、呆れ顔のチハヤとジュリも顔を見合わせ、眉をハの字にして微笑む。
すると、ホルン牧場からリーナが駆けてきた。

「ヒカリさん!大丈夫?見てたけど、派手にこけたね。」

あはは、と笑いながら、手に持っていた濡れタオルでヒカリの顔を拭いてやる。

「ありがとうリーナ。」

「どういたしまして。」

「そうだ!リーナも一緒にお茶しない?」

「お茶?」

「うん!今からみんなでお茶するの。」

いつの間にかヒカリの騒動を離れて、チハヤがシートを敷き始めていた。
ヒカリはリーナの手をとり、そのシートの上に座らせ、ジュリとアニスにも座るようにと促す。
そんな話を聞いていなかったジュリとアニスは顔を見合わせて首を傾げた。

「ねぇヒカリ。ソレってもしかして、チハヤの作ったハーブティーでってこと?」

「そう!でも実はお茶だけじゃなくて、サイドイッチまで作ってきてくれてね!」

魔法瓶からハーブティーをコップに注いでいるチハヤの横で、バスケットから勝手にサンドイッチを取り出してみんなの目にさらす。
大きな皿の上に、一口サイズに切られた色とりどりのサンドイッチが、綺麗に盛り付けられてある。

「まぁ、素敵ですわね。ごちそうになってもいいんですの?」

「ありあわせだから、たいしたものじゃないけどね。」

「さすがチハヤだよね!いただきまーす!」

早速一口。
おいしい~!!と満面で幸せそうな表情をするヒカリを見て、チハヤもつられて笑顔になる。

「ヒカリってば、ホントおおげさ…」

「嬉しい癖にー。」

思わぬところでリーナから茶々が入り、チハヤはしまった、と笑顔を引っ込めて不機嫌な顔を作った。
ヒカリと二人の時には周りを気にせず話しているチハヤは、今日もいつもと同じような態度をとってしまっていた。
が、今日はいつもと同じ、二人きり、というわけではなかったのだ。

「………美味しいのはよかったけど、服がどろどろっていうのは、やっぱりどうなの?」

「そう、だね。うーん…そうだ、リーナのうちの水道貸してもらってもいいかな?」

「うん、いいよ。私も付いていこっか?」

「ううん、大丈夫!わからないことあったらハンナさんに聞くよ。あ、サンドイッチ全部食べちゃだめだよ!」

サンドイッチのことが気がかりなのか、ヒカリは足早にホルン牧場に向かって行った。

「それじゃ、アタシもいただこうかしら♪…ん。アラ、ホントに美味しいワ~♪野菜に卵にツナ…ありあわせとは思えないワネ。もしかして、ヒカリのために作っておいたんじゃないの?」

ジュリが鎌をかけると、ちょうどサンドイッチを飲み込もうとしていたチハヤは動揺で一瞬咽を詰まらせ、急いでハーブティーを流し込む。

「…っそんなわけ…」

「確かに、予め準備しておかないで、こんな立派なものすぐに用意できませんわね。」

「だから、時間かかってたじゃ…」

「なになに?チハヤになにかあったの?」

「なんかネー、チハヤが素直じゃないのヨネー☆ヒカリのためにサイドイッチ用意してた癖に誤魔化しちゃって~」

「そうなの?そういえばチハヤはヒカリさんと仲良いよね~、うふふ。」

「だから、違うって言ってるだろ。」

抵抗するのを諦めたチハヤは、サンドイッチを口に放り込んでため息まじりにそっぽを向くが、3人はそんなチハヤにかまう様子もない。

「ふふ、素直じゃありませんわね。」

「チハヤって、生まれ変わったらちょっとは素直になるのかな?」

「『君が好きだ。君が欲しいんだ。ぼくのものになってくれないか?』…とかネ☆」

「うふふ、言いそう!」

「チハヤさんそんなこと申しますの?恥ずかしいですわ…」

「…ねぇ、まだその話引きずるの?いい加減やめてよ…」

「アンタってからかうと意外に面白いワネ。」

いつのまにか太陽が大地を暖かく照らし、穏やかな風がカバル草原に響く笑い声をどこかへ運んだ。
3人をどうにも抑えることができずに困り果てたチハヤが見上げた先の青い空は、もう春のものではなかった。
始まりの季節は何事もなく過ぎていき、三寒四温も夢の跡。
皆また胸にそれぞれの想いを秘めたまま、陽気な夏を迎える準備をする。

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